チャーリーの湘南写真館

横須賀 浦賀 − 日本の夜明け、開国の港町
ところ: 神奈川県横須賀市浦賀 地図
嘉永6年(1853年)、ペリー提督に率いられたアメリカ東インド艦隊4隻(蒸気船2隻と帆船2隻)が浦賀沖にいかりを下ろしました。突然訪れた大きな黒船は、当時の浦賀の人々を驚かせました。<中略>ペリー提督の一行は、日米の友好と通商を求め、港を開くよう要求しました。<中略>翌年には再び来航したペリーにより日米和平条約が締結され、1858年には日米修好通商条約が締結されました。開国の幕開けとなった浦賀の港には、明治に入ると造船所が作られ、2003年に閉鎖されるまで多くの艦船を建造しました(出典:横須賀集客促進実行委員会、2010年3月発行「よこすか歴史散歩」。たった150余年で、日本はこんなに変化(進化したり停滞?したり)したんですね
2010/6/3
入り江の入り口に東叶神社がある(対岸に西叶神社がある)
目の前は海だ
源氏再興夢叶う: 文覚上人が、源頼朝再興を願い、その大願が叶った(当時)ことから、1181年、この地に神社を建立し叶大明神と称した。お守り袋と、願いが叶うという勾玉(まがたま)をそれぞれ東西叶神社で授与している
勝 海舟(1823-1899)は、1860年、ここ浦賀から咸臨丸を指揮して太平洋を横断しアメリカへ渡った。船に弱いので、断食修行などをして鍛えたという。そのときに使った井戸だ  道端の木にクルミの実がなっていた。リスも見かけた
お昼は、海岸ぷちのポルトマリノにて。オーシャンビューだ  海軍カレーを諦めて鉄鍋 黒船シチューを食した
浦賀は入り江になっていて、(旧)造船所やヨットハーバーがある。この入り江は、渡し舟で横断することができる。船は合図をすると、すぐ来てくれて、あわただしく出航して、すぐ着いてしまう。1人\150
西叶神社
西叶神社では、勾玉が授与される。これを東叶神社のお守り袋に入れると、入れた人の願いが叶うとされている。願い=恋愛に限らず、人生を豊かに過ごすための人との出会いの縁を結ぶ  立派な彫刻が施されていた
燈明堂:浦賀の入り江の西側先端にある。1648年、幕府の命により築造、1872年(明治5年)まで使用され、観音埼灯台に引き継いだ。

この沖にペリー提督の黒船4隻が並んだ
浦賀水道。対岸は、千葉県、房総半島
この日の歩数16,337(10.8km)。ルート:JR久里浜−浦賀 西叶神社−(渡し舟)−東叶神社−観音埼灯台−(バス)−JR横須賀
参考: フリー百科事典『ウィキペディア(浦賀) 』
     叶神社ホームページ 
     横須賀集客促進実行委員会、2010年3月発行「よこすか歴史散歩」